Interview

夢は、
叶えるものではなく
続けるもの。

ビリヤード選手。2001年より競技を始め、競技歴20年以上。全日本アマチュアナインボール選手権出場、JPA月例会入賞など実績を重ねる。介護職歴10年。
柔道整復師として機能訓練に携わり、介護と競技を両立する生活を続けている。

◆◆◆

一乗さんが所属するのは、アクティブプラザ中野新橋。介護予防に重点を置くデイサービス。各コース定員18名の少人数制で、要支援・要介護の状態に応じた時間設定を行っています。利用者一人ひとりに合わせた個別運動プログラムを作成。身体機能と生活機能の維持・向上を支援しています。

朝6時30分、キューを握る。
8時30分、出勤。
18時、またキューを握る。

一乗さんの一日は、驚くほど淡々としている。
そこに「勝負に人生を賭ける」といった熱量の言葉はない。本人もさらりと言ってのける。

「ポケットビリヤードをするのは、歯磨きみたいな感覚なんです」

夢という言葉から想像されがちな、燃え上がる情熱や気合いは感じられない。けれど、その力の抜けた続け方こそが、一乗さんの強さなのだと、話を聞くほどにわかってくる。
何かを続けるために必要なのは、毎日無理なく回るリズムだ。
ビリヤードは生活に最初から組み込まれている。
意外なことにそのリズムを支えている仕事が介護だった。

競技歴は25年。介護職は10年。二つを並べて続けてきた人の言葉は、具体的で、現実的だ。まさに彼の日常の中には、夢を手放さないためのヒントが埋め込まれている。

一乗 健太郎さんの1日のタイムスケジュール 仕事とビリヤードの両立

介護保険制度に関わっていても、
人の生活が見えなかった。

一乗さんが介護の世界に入った理由は、自分がやってる仕事に素朴な疑問がわいたからだった。

「制度は分かるけど、現場を知らないままでいいのかなって」

厚生労働省の外郭団体で、介護保険制度に関わる業務をしていた。
書類の向こう側には、人の暮らしがある。
けれど、机上ではその実感がどうしても持てなかったのだ。

「なら、自分の目で見よう」その一歩が、機能訓練員としての10年につながっている。資格をとっていた柔道整復師の専門性を活かしながら、利用者一人ひとりの身体と向き合ってきた。

「利用者さんが、ご自宅でその人らしく生活できるようにサポートする。それができたときの手応えは大きいですし、今後も必要になる仕事だと思っています」

一乗さんの介護は、まず話す。話していくとその日の調子がわかるからだ。ちょっとした変化でも見逃さない。心は見えないけど伝わる。それは技術より大切なことかもしれない。

インタビュー写真

「この人がいれば、大丈夫」
そう思わせてくれる空気をつくる。

撮影している最中、体操の時間が始まった。
椅子に座った利用者さんたちの真ん中で、一乗さんが声をかける。

「足踏みいきましょう。つま先上がらないと、転びますよー」

説明は丁寧だが、押しつけがましくない。冗談を挟みながら、なぜその動きが必要なのかだけを、きちんと伝える。
「この人の言うことなら、やってみようかな」そんなふうに呟く利用者さんの声が、後ろから聞こえた。

「利用者さんは、人生の大先輩ですから」

一乗さんは、教える人ではなく、伴走する人であろうとする。
その敬意は、声のトーンや、動作の“間”に表れている。

「ここに来ると、なんだか安心するんだよ」
体操を終えた利用者さんが、そう言って微笑んだ。

安心は、管理でも指示でもない。「この人についていけば大丈夫」
その信頼感が、いつの間にか場の空気をつくっていた。

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夢を生活の外に置くのではなく、
生活の中に組み込む。

仕事をしながら、やりたいことを続ける。
それが簡単ではないことを、一乗さんは理解している。

社会人なりたての新人は、仕事を覚えるだけで一日が終わる。
中堅になれば責任が増え、プロジェクトに組み込まれ、時間はさらに削られる。「落ち着いたらやろう」と思っているうちに、練習をする気も起きなくなり、いつの間にか“やらないこと”が日常になる。

「忙しいからできない、って状態にしたくなかったんです」

だから一乗さんは、夢を“時間ができたらやるもの”にしなかった。
生活の外に置くのではなく、生活の中に組み込んだ。

介護の仕事は、チームで動き、シフトで回る。
一日の流れが読みやすく、生活のリズムを設計しやすい。

「一人に負担が集中しにくいのは、大きいですね。
無理が出る前に、調整できる余地がある」

それは、楽をしているという意味ではない。むしろ逆だ。
続けるために、最初から無理をしないということ。

これは「介護だから夢ができた」という話ではない。
一乗さんは、夢を続けるために、介護という仕事を選んだのだ。

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一乗さんが体現しているのは、
仕事と夢を二者択一にしない働き方だった。

介護の仕事が、夢と両立しやすい理由は何だろうか。
一乗さんは、それを感覚ではなく、構造として捉えている。
介護は、個人プレーでは成り立たない。
シフトを組み、チームで回し、役割を分担する。
誰か一人が無理をし続ける前提では、現場が壊れてしまうからだ。

「一人が抜けても、現場が止まらないようにしておく必要があるんです」

それは裏を返せば、誰か一人の人生を犠牲にしない設計だとも言える。

一般企業では、成果や責任が個人に集中しやすい。
プロジェクトが進むほど、その人にしかできない仕事が増え、休みづらくなり、生活のリズムは崩れていく。

だが介護の現場では、
「その人がいないと回らない状態を、意図的につくりません」
「属人化しすぎると、結局みんなが苦しくなるんですよね」

一乗さんは、実感を込めて言う。そこに理想論はない。

だからこそ、朝6時半にキューを握り、8時半に出勤し、夕方またキューを握る。その生活が、“無理なく”続いている。

夢のために仕事を犠牲にしない。仕事のために夢を犠牲にしない。
どちらかを守るために、もう一方を削る必要がない。
それは努力の話ではなく、設計の話だ。
仕事と夢を二者択一にしない働き方。一乗さんが体現しているのは、まさに「介護WITH」という選択肢だった。

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介護の仕事も、ポケットビリヤードも、
ずっと続けられる自分は幸せだと思う。

夢は、叶えた瞬間がピークだ。目標を達成し、結果を出し、一区切りがつく。そうやって夢は「終わるもの」として語られることが多い。だが、一乗さんの夢は違う。

「続けていると、面白さがどんどん増えていくんですよ」

長く続けているからこそ、できることが増える。
同時に、できないこともはっきり見えてくる。
視野が広がるほど課題は尽きず、やめ時がない。
夢は終わるどころか、続けるほど大きくなっていく。

だからこそ、一乗さんは「長く続けられる仕事」を選んだ。
それが介護だった。夢を特別なものにせず、日常の中に置き続けられることができている。

「正直、どっちか一つだけだったら、逆に続かなかったと思います」

仕事だけだと、きつい局面で視野が狭くなる。競技だけだと、生活の不安を考えてしまう。両方があることでバランスが取れてる。
その状態が一乗さんを強くしていることは間違いない。

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ただ、ひたむきに打ち込んできた姿は、
どんな言葉よりも説得力がある。

一乗さんは、夢について多くを語らない。
「頑張ってます」と胸を張ることもなければ、「両立が大変だ」と声を上げることもない。

けれど、その姿は、周囲に確かな影響を与えている。

ビリヤード仲間は、こう語る。

「ビリヤードが上手な人の中には、競技にのめり込みすぎてバランスを崩してしまう人も少なくないんです。
でも一乗さんは、仕事も家庭もちゃんと両立している。それでいて、しっかり強い。正直、尊敬しています」

競技の世界では「強さ」と「生活」は切り離されがちだ。
練習量を優先するあまり、仕事や人間関係が犠牲になる。
それでも勝てば評価される―― そんな風潮もある。

だが一乗さんは、違う道を歩いている。
生活を疎かにしない。夢も仕事も手放さない。
その上で、競技を長く続けている。

同僚に話を聞いても、同じような言葉が返ってくる。

「一乗さんを見てると、長く働くイメージが湧くんです」
「無理してないのに、両立できてる。それがすごい」

特別な背中ではない。“ちゃんと生活している人の背中”だ。
毎日決まった時間に出勤し、利用者さんと向き合い、仕事を終えたら、またキューを握る。これからもずっと。
夢と仕事は、バランスさえ整えば、両立できる。
それを一乗さんは当たり前のように実践している。

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夢を“叶える”より、
夢を“続けられる人生”を選ぶということ。

with NOTE|編集後記

取材をしていて印象的だったのは、一乗さんが一度も「夢を叶えたい」とは言わなかったことだ。
語られていたのは、結果でも到達点でもなく、どうやって続けてきたか、その話ばかりだった。

社会人になると、多くの人は夢を「個人の時間」に追いやる。
忙しさや責任を理由に、少しずつ距離が空き、やがて夢は思い出に変わっていく。
それは珍しいことではないし、誰にでも起こり得る。

だからこそ、一乗さんが選んだ働き方は示唆的だ。
夢を中心に据えるのではなく、夢を守れる生活を、先に設計していた。

介護という仕事は、規則的なリズムとチームでの分担によって、生活の中に「余白」を残しやすい。
その余白に、彼は迷いなくビリヤードを置いた。
夢を特別扱いせず、日常の延長として扱っている。

夢は、燃やし尽くすものではない。人生のそばに置き、呼吸するように続けていくものだ。一乗さんの生き方は、その現実的な方法を、静かに示してくれている。

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