INTRODUCTION
発話が難しい、手を自由に動かせない、長時間の作業はできない――そうした状況でもデジタル機器を利用することで「できる」方法が見つかることがあります。東京都障害者ICT総合支援センター(以下「センター」という)は、東京都が委託により運営する障害者のための総合的な支援拠点であり、デジタル機器を始めとした福祉機器やスマートフォンアプリ等の普及を後押しし、障害者の情報の取得・利用や意思疎通におけるバリアフリー化、社会参加等を促進することを目的とする施設です。
本事業としても、センターを訪問してデジタル機器を試用する際や、機器の不具合について相談する際などに、日頃からお世話になっている支援機関の一つです。今回は、センター長・玄野 佐和子様に取材し、センターが果たす役割をはじめ、現場で感じていることや2026年度から始まった新たな取り組み、今後の展望などについてお話を伺いました。(写真は左から作業療法士の木全様、センター長の玄野様、アドバイザーの森川様)
センターの特色について。
1.豊富な機器の展示
玄野様:私たちは、意思伝達装置や入力支援機器、スマートフォンやタブレットのアクセシビリティ設定などを通じて、障害者のICT活用を専門的に支援する機関です。そうしたICTサポートセンターは日本全国にありますが、主要な重度障害者用意思伝達装置を展示・体験できるのは、当センターならではの特長です(2026年6月時点)。そのため、ご本人や支援関係者はもとより企業の方も多数見学にいらっしゃいます。

2.「デジタルアクセシビリティ」に特化した資格を全スタッフが保有
玄野様:センターのスタッフ全員が「デジタルアクセシビリティアドバイザー」の資格を持っていることも特色の一つです。スタッフそれぞれに得意分野や強みがあり、それらを生かしながら対応に当たっています。知識があるからこそ、より「ご本人の求める支援」に近づけると私たちは考えています。また、支援する側の方が、「デジタルアクセシビリティアドバイザー」の資格取得に向けた勉強のために訪れることも少なくありません。
― 機器に関する相談の場合、実際に使ってみないと分からない部分も多いでしょうか。
玄野様:機器は実際に触ってみないと分からないことも多いので、多くの種類を比較したい場合は、当センターにお越しいただくのが一番です。ただ、ご本人の状況によっては来所が難しいこともあります。そうした場合には、私たちがご自宅などに伺い、支援者の方やメーカーと連携しながら、実際に機器を試していただくこともあります。必要な支援につなげていく中で、補装具費制度や日常生活用具給付など、公的な制度についてご説明することもあります。
3.東京都作業療法士会との連携
玄野様:2026年4月から新たな取り組みとして始まったのが東京都作業療法士会との連携です。ご自宅へ訪問する際、OT(作業療法士)が同行し身体状況、生活環境、活動状況を含めて、その方にふさわしい機器を支援できるようになりました。たとえば、下記のような進め方を想定しています。
初回訪問 、困りごとの把握、アセスメント
→OT同行の訪問、機器検討、入力方法やスイッチ検討
→方向性決定 、地域資源への引継ぎ
私たちが支援をすることで「どの機器が合うか」「どのような支援が必要か」が見立てられる状態を目指しています。この取り組みで大切にしたいのは、センターが継続的に支援することではなく「地域のネットワークに繋げる」ことです。たとえば、OT(作業療法士)、PT(理学療法士)、ST(言語聴覚士)をはじめとする専門家や関係機関と繋がることで、私たちの支援が終わった後も、お住まいの地域で継続的に関われる仕組みを作っていきたいと考えています。
4.支援者や企業・事業者に向けた支援も充実
― センターが実施する「体験見学会」の内容について詳しく教えてください。
玄野様:「体験見学会」では、センター内に展示している支援機器をご覧いただき、実際に触って体験していただくことができます。ご本人だけでなく「使い方を検討したい」「操作や設定に困っている」というご家族や支援者の方からのご相談も受け付けています。来所、オンライン、電話などさまざまな方法でサポートしています。一方、センターには「支援者を養成する」という役割もあるので、区市町村職員や地域支援者を対象とした「支援者養成講習会」も行っています。ICTを活用することで、障害のある方がそれぞれの希望に応じて働き、学び、暮らしていけるよう応援したい。そのためにも、支援に携わる方々と共に考えることで、裾野を広げていきたい。そうした思いで活動しています。

機器との出会いが人生を変える。
― センターの利用者の中で、重い障害があってもツールを活用することで「社会参加」や「就労」が可能になったケースはありますか?
玄野様:はい、たくさんあります。たとえば、私の先輩がサポートしていた、神経系の難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を抱える重度障害の方がいらっしゃいます。サポート当初は、視線入力装置やスイッチ等の細かな調整や相談への対応をしていました。そこから就労へと繋がり、視線入力でのお仕事をされ、現在ではチーム内でプロジェクトリーダーを担っていらっしゃいます。その後、当センターともお仕事をご一緒する機会が生まれ、その方とのつながりがサポートの関係性から、仕事上のパートナーへと変化したんですよ。
― 同じ目標に向かって協働する関係に変化したというのは大きな転換ですね。
玄野様:ご自身に適した「情報」や「ツール」に出会うことができれば、障害の有無に関わらず社会とつながりを持ち、ご自身の能力を活かして活躍できることを、改めて実感したケースでした。もちろん、ご自身が相当な努力をされたとは思いますが、支援機器との出会いによって仕事を通じて自分の「役割」ができ、目指したい姿になれる、人生を変えられるということを示す一例ですね。それと「働き方」自体も以前とは大きく変わってきているので、私たち支援する側も、より幅を広げて学んでいく必要があると思います。

今ある機器でできることから始める。
― 機器の導入に関しては費用面のハードルが高いことも課題です。その点を解決された例があれば教えてください。
玄野様:たしかに意思伝達装置や入力支援機器は高額なものもありますが、当センターでは、まず今ある機器でできることを最大限に試すことから始めます。スマートフォンやパソコンのアクセシビリティ設定を変えるだけで、操作性が大きく向上するケースも少なくありません。
― なるほど。無料のアプリにも便利なツールがたくさんありますよね。
玄野様:機器の給付については行政も動いています。たとえば、八王子市では視覚障害者支援用具・携帯用会話補助装置として、従来の「タブレット」に加え「スマートフォン」が給付対象になりました(令和7年11月〜)。視覚障害のある方が外出先で道案内音声を聞く場合、移動中にタブレットを持って聞くというのは現実的にはなかなか難しいですよね。当事者の方が「スマートフォンも給付対象に」と要望を続けた結果、八王子市では一定の要件を満たすアプリとあわせて、スマートフォンについても選択できるようになったとのことです。ご本人に寄り添う支援者が側にいて、地域で取り組み続けたことが給付へ向けた動きの大きな要因となったと思います。

解決策は絶対に一つじゃない。
― 重度障害者の状況は個人によってさまざまであることも機器選びの難しさに繋がっているように感じます。「発話できる」と一言でいっても、実際には音声認識されなかったり、長時間声を出すことが難しかったりするなど、その実態は決して画一的ではありません。
玄野様:オンライン会議では音声認識が前提になることも多く、発話が不安定な人は「会議に参加できない」と判断されることもあるかもしれません。実際、話し続けると痰が詰まり、文字起こしがうまく機能しないケースも聞きます。ただ、そうした状況であっても視線入力、スイッチ入力、チャットツールなど、音声以外のコミュニケーション手段を組み合わせることで、働く環境は整えることができるので、あきらめないでほしいです。
― 壁に突き当たっても解決策を探ることは可能なのですね。
玄野様:ご本人の希望を尊重したいとは思いつつも、状況や事情によっては希望が叶わないことももちろんあります。そのような場合、ご本人にしっかりと背景を伝えたうえで、別の手段を探るのも方法の一つです。方法は絶対に一つではありませんから。私の場合、センター宛にご相談を受けた時には、三つの方法を提案できるように準備をします。それと、選択肢を提示するうえで大事な点は、支援に携わる方も実践できる方法であることです。

― ご家族など身近な支援者の中には、デジタル機器の初期設定や機材の設置に苦手意識を持つ方もいらっしゃいます。支援者の方がセンターで研修を受けられたり、知識を身につけられたりする機会はありますか。
玄野様:機器の導入後のメンテナンスや修理サポート等は、私たちではなく各メーカーや納入業者に直接問い合わせてください。研修に関しては、先にもお伝えしたとおり、区市町村の職員や、ボランティアの方などを対象とした講習会を実施しています。不安や困りごとがある時に、地域に相談できる人がいればご本人やご家族は安心ですよね。それに当センターだけで発信するよりも、多くの当事者を支えることに繋がります。センターの知見をお伝えし、地域で展開していくことを目指しています。
できない理由ではなく、できる方法を一緒に考える。
― 就労を目指す重度障害者の方へのメッセージをお願いします。
玄野様:もしかすると周囲から「働くのは難しいかもね」「そこまでしなくてもいいよ」と言われたこともあるかもしれません。でも、働きたいと思う気持ちを否定する必要はまったくありません。当センターは、デジタル機器を活用してその思いを形にするための伴走者です。デジタル機器は魔法ではありませんが、選択肢を確実に増やす力があります。「できない理由」を探すのではなく、「できる方法」を一緒に考えましょう。
― デジタル機器の活用によって重度障害者の持つ可能性を広げていくことは、本事業で最も大切にしたい部分です。そこを推し進めていらっしゃる姿は励みになりますし、障害のあるご本人だけでなく支える側の方たちも積極的にセンターを訪れて活用していただきたいですね。本日はありがとうございました。

Info
東京都障害者ICT総合支援センター
https://www.tokyo-itcenter.com
開館時間:
・平日(水曜以外)午前10時~午後5時30分
・土曜 不定期開館(※開館日はセンター公式サイトの「おしらせ」でご確認ください)
定休日:水曜・日曜・祝日(GW、年末年始含む)
住所:東京都文京区小日向4-1-6 東京都社会福祉保健医療研修センター 1F
電話:03-6682-6308
●厚生労働省公式HP「ICTサポートセンター一覧」
※全国のICTサポートセンターについて、詳細は以下のサイトをご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/ictcentersyoukai.html
